キラーハウス狂騒曲 第29話 黒原虹華の恩返し(後編)

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今週も火曜日がやってきた……更新時間はやや遅めになってしまいましたが。

さておき、29話です。前回からの続きですね。
意外なところでプロット創作のお休み編ですが、この話が今後どう影響してくるのか……いや特に考えてもないんですけどね。思いつきです。
虹華と彼女の中がよくなったりならなかったり、今週のはそんなお話です。なんだか想定してたよりも長くなった感はありますが。

では、以下Moreより本編開始。
お楽しみいただければ幸いです。






「ああ……素晴らしい一日でした……!」
「ああそう……そりゃぁよござんしたね……」
 大好きなアーティストのライブにでも行ったような感動の声を、青海椎がうっとりしながら口にするので、私はぐったりしながら返した。
 もっとも、その対象が私であることを考えると――
「……あんたも安上がりな女ね」
「安上がりだなんてそんな! 虹華さんの目には値千金の価値がありますよ! アルバムができた際にはぜひお目通しを!」
「クルタ族かっつーの私は……アルバムも別にいいから。自分で楽しんでて」
 撮影開始からおよそ十時間が経ち、既に時刻は夜八時を回っている。九月上旬の夜は、涼しくはあってもまだ寒いとは感じない。
 三十分ほど前に全撮影が辛うじて終了し、片付けなどを終えてスタジオを出て、今はその前で迎えの車待ちだ。時間も時間なので送っていきますよ、と言うので、そこは厚意に甘えることにした。ぶっちゃけ、青海椎と一緒の空間と言うのもなかなかに身の危険を感じるが、それを気にするどころじゃないほどに今日は疲れたのである。
 ここから普通に歩いて帰ろうものなら、道中でぶっ倒れかねない。
 嫌々始まった撮影会だったとはいえ、撮られている内に私も途中から何かが振り切れた。ヤケクソ気味にポーズを取っていたら青海椎がどんどんノってきてしまって、なんかとんでもない恰好をしてしまった気がするけれど、一時の気の迷いということにしておきたい。
 今日の自分をなかったことにしたい衝動に駆られている私を、駐車場に入ってきた車のヘッドライトが照らし出す。
「あっ、来ましたよ、虹華さん。お待たせしました!」
「…………」
 黒のリムジンだった。
……黒のリムジンが目の前に停まるっていうのも中々ない経験だと思うんだけど。
「お待たせしました、お嬢様、黒原様」
 私が呆気に取られているうちに運転席から降りてきたのは、今日持ち込んだ大量の衣装を持って先にスタジオを発った、青海椎の三人のボディガードの内の一人、確か名前は一之瀬さん。恭しく一礼したあと、後部座席のドアを開けて、私たちが万が一にも頭をぶつけないよう、乗り込み口の天井に腕を添える。いつぞやテレビで見た一流のタクシー運転手がやってたやつだ。
「はい、ご苦労様です」
 そして青海椎は慣れた様子で乗り込んでいく。まさかとは思うがこれが日常なのか、こいつ?
 しかしまぁ、こんな高級車に私ごときが乗り込んでもいいものかと思いはするけれど、今更乗車を拒否したら一之瀬さん……いや、青海椎に強引に引きずり込まれかねないので、覚悟を決めて踏み込む。
「…………」
 庶民の感想で申し訳ないが。
 高級車の匂いがした。

「虹華さん、何かお飲みになりますか?」
 対面に座った青海椎が、グラスを手に取りながら訊ねてくる。
「……冷蔵庫とか、マジでついてんのね、リムジン」
「ええ、それはもちろん。あ、お酒もありますよ?」
「あんたも未成年だろーが」
「問題ありませんよ」
「そりゃまぁ誰も見てないけどさぁ」
「見られてもお金の力でなんとかなります」
「腐った富豪の発想だからねそれ……じゃあ、なんかジュースちょうだい」
「かしこまりました」
 運転席とは仕切られている、リムジンの後部座席で、私たちはそんなやり取りを交わす。
 高級車というのは何から何まで高級なようで、冷蔵庫が完備されてるのもそうだけど、車内は広いし座席はソファかってぐらいに柔らかい。
 おまけにエンジンがめっちゃ静か。いい加減オンボロ(ってのも最近聞かないけど)と化しているウチの父親の車とはエラい違いだ。おまけに運転に伴う衝撃や慣性もほとんどなく、窓の外の景色が動いているのを見ていなければ、この部屋が動いているとすら思わないだろう。まぁ、慣性をほとんど感じないのは、運転手たる一之瀬さんの技術が飛び抜けているという話なのだろうけれど。
「はい、どうぞ」
「ん、ありがと」
 手渡されたグラスに注がれていたのは、綺麗な黄緑色のジュース。匂いを嗅いでみると、爽やかな青りんごの香りがした。もうこの時点でそこらに売っているジュースとは桁が違うと感じる。……酒混じってないだろうな、と思いつつも、まぁ入れてもらったものだし、と一口飲む。止まらなかった。飲み干した。
「……はっ!?」
 しまった……あまりのおいしさに一気飲みしてしまった……!?
「あら、いい飲みっぷりですわね。もう一杯いかがですか?」
「……いただこうかな」
 衝撃の体験だった。どんな青りんごをつかったらあんなジュースが出来上がるのか……疲れた体に心地いい酸味と、しつこさの一切ないすっきりとした甘み。どれだけでも飲めそうなほどに澄み切っている味わいなのに、この満足感は一体何だ……!?
「喜んでいただけて何よりです。どうぞ」
「……ありがと」
 手渡されたグラスの青りんごジュースを、自制心を全力で発揮してちびちびと飲む。ぐいっといったところで青海椎は気にしないだろうが、私自身のためである。あまり飲みすぎると冗談抜きで中毒症状を起こしかねない……!
「……あのさ、ちょっと訊いてもいい?」
 酒の肴――でもないけれど、何か喋ってないと延々ジュースを飲んでしまいそうなので、青海椎に話しかける。
「はい、なんなりと」
「あんた、なんで同人サークルに入ったの?」
 ――青海椎がトンデモなお嬢様だというのは十分に理解した。
 だがまぁ、だからこそ、同人サークルに入っているのが分からない。私に言わせれば、霧のようなタイプとはまた違った意味で、こちら側にいるのが不思議なタイプの人間なのだ。悪い意味ではなく。
「――最初にわたくしの趣味を肯定してくれたのが、天音さんだったからですよ」
 くすり、と嬉しそうに、青海椎は話し出す。
「わたくしの趣味は、どちらかといえば理解されない方ですから」
「ああ、まぁ確かにそうでしょうね」
 死んだ魚の眼フェチ。理想の眼に会う度に死んだ魚の眼がどうのって言ってるんだとしたら、そりゃ理解もされないだろう。自覚があったら「うるせえよ」ってなるだろうし、自覚がなければ「なんだこいつ」ってなるだろうし。
「そうやって孤立しかかっていたところを、『人手が足りないから』という理由で天音さんから声をかけてもらったのが始まりです。とはいえ、当時は振られに振られてわたくしもさすがに少々参っていましたので、『わたくしの趣味は変わっているけど大丈夫なんですか?』とさすがに訊ねたんですよ。すると天音さんは――」
 
『趣味なんて、変わってるぐらいでちょうどいいでしょ。そもそも、同人サークルなんて奇人変人の集まりなんだから。ってか、何でもいいから暇なら手伝え』

「と、言ってくれたんですよ」
「……なるほどねー」
 私が言うのもなんだけどチョロいな、こいつ。
 まぁ、向こうの代表……輪堂さんがコイツの金目当てにサークルに誘ったわけではなさそうなので、ある意味安心ともいえた。
 ……ん? 安心?
 ……いやいや、こんな図太い女の心配なんか別にしてないし。
「っていうかその調子だと、あんた別に同人誌とか作りたくてサークル入ったわけじゃないのね」
「まぁ、そうですね。どちらかと言えば、自分の趣味を分かってくれた上で話に乗ってくれる人がほしかったという感じでしょうか」
 そこに漫画を描くためのスキルが求められただけです――と、言って、青りんごジュースを口にする。
「もしかしたら、順序が違っていれば、わたくしは虹華さんと同じサークルにいたかもしれませんわね」
「……ちょっと、怪談の時期はもう過ぎてるんだけど。背筋が寒くなるようなこと言わないでくれる?」
「あら、虹華さんってばつれないですね」
「……それに、その仮定は無意味だと思うけどね」
「無意味、とは?」
「あんたがサークルに入ってなかったら私と会うこともなかっただろうってこと」
 青海椎が『シャイニーリング』に、私が『キラーハウス』に入って。
 あの『コミックマーケット』で出会っていなければ、こんな関係性にはなっていない。
 赤の他人とはもはや言えず、友達というにはちょっと腹立たしい部分が先に立つ。
 かといって常に抗争状態にあるかと言えばそうでもなく、まぁ話を聞くぐらいの間柄ではあるだろう。
 顔見知り以上で、友達未満。
 変な関係性だ、と我ながら苦笑する。
「……確かに、その通りかもしれませんね」
 青海椎が、不覚にもちょっとドキッとするような柔らかな笑みを浮かべた。
「では、虹華さん。一つお願いが」
「なによ?」
「貴女が友達未満だと思っていても――わたくしは、貴女を友達と思ってもいいですか?」
「…………」
「虹華さんと話しているのは楽しいものですから。気は合わないかもしれませんが、意外と相性はいいのではないかと思うのですよ」
「……告白かっつーの」
「ある意味では、そうかもしれませんね」
 箱入りのお嬢様みたいな、純真な眼で私を――私の濁った眼を、見つめてくる。
 ……そういうの、苦手なんだけどなぁ。私はそっぽを向いて、ぽつりと呟いた。
「……好きにすれば。椎」
それを聞き、ぱぁっとお嬢様の顔が晴れた。
 ツンデレかよ……本当に面倒くさい奴だな、私。
 けどまぁ、一日一緒に変わった真似して、言い合ったり、アドバイスをもらったり。
 まぁまぁ濃い関係性なのだ――友達と認めるのも、悪くはないだろう。
「うふふ……では、よろしくお願いいたしますわね、虹華さん」
「ん……まぁ、適当にね」
「とはいえ、今度の勝負、わたくしが手を抜くことはないのであしからず」
「いや、あんたが手を抜いたらそれはそっちの代表が許さないんじゃないの?」
「確かに、それもそうですわね」
 その後は、他愛もない雑談をしているうちに私の家に到着――礼を言って、車を降りて、遠ざかるリムジンを見送ってから、私は家へと入ったのだった。

 ――後日。
「こんちはー……ん? どうかしました?」
 キラーハウスの集会所へ行くと、先に来ていた面々から妙な注目を浴びた。
「……えっと……虹華、その……これ」
 非常に言い出しにくそうにして、霧が手にしていたものを私に示す。
 私は思わず凍り付いた。
「あの、なんかここに届いてたらしくって、ヘッドが中を見ちゃってさ……この中に写ってるのって……虹華、だよね?」
 それは、『RAINBOW FLOUR』と銘打たれた、一冊の写真アルバム。
 自分でも驚くほどの勢いでそのアルバムを奪い取り、中身を確認する。当然のように、あの日の写真が写っていた。誰が編集したかなど考えるまでもない。
 ……マジかあいつ、なんでよりにもよってこっちに送りやがった!? 私を家まで送ったんだから家の住所ぐらい分かっただろう!?
 私は携帯の電話帳から青海椎の電話番号を呼び出し、発信。
 1コールで出た相手に向かって、向こうが何か言う前に叫んだ。

「友達解消じゃこのボケェ!!」

 返事も待たずに電話を切る。
 ふー、ふー、と息を落ち着けている間に、夕くんが恐る恐ると言った様子で尋ねてきた。
「あ、あの……差出人の名前に結構嫌な見覚えがあったんですが……青海さんと、友達になってたんですか?」
 はっ、と私はその質問を笑い飛ばす。
「私と青海椎の関係? そんなの決まってるじゃない」
 毅然とした態度で、私は言い放った。
「友達以下よ」
 ……まぁ。
 美味しかった青りんごジュースに免じて、未満からは少し格上げしてやってもいいだろう、と、私はなけなしの温情を見せてやったのだった。
                  (続く)
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by akr-hgrs | 2017-08-22 21:54 | Comments(0)

物書きの蝉、もとい物書きの日暮晶が綴る、雑な日記のようなもの(予定)
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